🛵「コーナーで抜かれた」と怒鳴られたが、本当に危険だったのは――
■ はじめに:「その“危険”は誰が作った?」
ある日、見た目を派手にカスタムしたビッグスクーターの後ろを走っていた時のこと。
ブラインドコーナー手前で、前のスクーターがいきなり大きく減速した。
こちらはしっかり車間を取っていたが、あまりの減速に思わずヒヤリとする。
その後、見通しの良い直線に入り、安全を確認したうえで静かに追い越した。
すると、次の信号で停車した際、ライダーが怒鳴ってきた。
「コーナーで抜くな! 危ないだろ!」
「あと煽るな! バカ!」
正直、驚いた。
煽ったつもりなど一切ない。むしろ丁寧なライン取りと車間、慎重な追い越しだったはずだ。
では本当に、あの場面で“危なかった”のは誰だったのか?
■ 市街地で実際に起きたこと
場所は市街地にある、ややワインディング気味の抜け道。
夕方、交通量は少なめで、道路は比較的空いていた。
前を走るのは、地面スレスレにまで落とされたビッグスクーター。
ネオン管、フルローダウン、極端な延長カウル。見た目は強烈だが、走りには不安しかなかった。
実際、そのスクーターはコーナー手前で唐突に減速。
ふらつきながら、慎重というより「怖がっている」ようなラインで曲がっていく。
後ろのこちらは、無理にペースを合わせると逆に危ないと判断。
しっかり距離を保ち、直線で安全を確認した後に、自然な形で追い越した。
追い越しは急ではなく、ラインも安定していた。
それでも相手は「危ない」と怒鳴ったのだ。
■ なぜ「危険」と感じたのか?──根本的な問題
なぜ相手は、あの場面を「危険」と感じたのか。
こちらにしてみれば、冷静かつ慎重な動きだった。
考えた末に思い至った。
彼が「危険」と感じたのは、こちらの走りではなく、自分のマシンに対する不安ではなかったか?
■ 技術的な視点:カスタムによる走行性能の崩壊
ここで少し、技術的な背景について触れておきたい。
極端にカスタムされたビッグスクーター、特にフルローダウン+ドレスアップ仕様には、以下のような問題がある。
🔧 バンク角の極端な減少
車体を傾けられる角度が極端に狭くなるため、カウルやステップがすぐに地面に接触する。
結果、コーナリング性能が著しく低下する。
🔧 サスペンション性能の劣化
ローダウンによってストロークが確保できず、ギャップや段差を吸収できない。
そのため、コーナーや減速時にふらつきやすく、挙動が読めない。
🔧 他車とのペースが合わない
進入スピード、立ち上がり、安定性の全てがズレている。
後続車にとっては「合わせると危険」「抜いた方が安全」な状況が自然に生まれる。
つまり、「危険を作っていたのはどちらか?」と問うなら、
走行性能を捨てたスクーター側だった可能性が極めて高い。
■ 自由なカスタムと、走りへの責任
見た目のカスタムは否定しない。
ネオンだろうがエアロだろうが、それを楽しむのもバイクの醍醐味だ。
だが、他者に予測不能な挙動や、リスクを強いるような走り方を生むなら話は別だ。
- 急なライン変更
- コーナー手前での過剰な減速
- 他車との“走行テンポ”の著しいズレ
これらは、**事故を誘発しかねない「構造的な危険」**であり、
見た目の自由の代償としては、あまりに大きい。
■ バイクは「走れる」ことで、自由になる
バイクとは、ただの移動手段ではない。
コーナー1本、スロットル1ミリ、視線の先のライン1本に、
感覚と技術、そして“意志”を込められる乗り物だ。
だからこそ、**「走る性能を捨てたバイク」**には、どうしても違和感がある。
見た目で魅せるのもカスタムだが、走りで周囲と調和するのも、ライダーとしての技術と責任ではないか?
■ 終わりに:「本当に危険だったのはどっちか?」
怒鳴られたその時、自分は黙っていた。
言い返しても意味がない。バイクに乗る限り、大事なのは“行動”で示すことだと知っているから。
だが、今こうして振り返る以上、はっきり言いたい。
危なかったのは、コーナーで抜いたことではない。
他車に“危険を強いる走り”をしていたことの方だ。
もちろん彼にも言い分はあったのだろう。
自分のカスタムやスタイルに誇りを持っていたかもしれないし、抜かれたことでプライドが刺激されたのかもしれない。
それでもなお、自分のマシンに一度向き合ってみてほしい。
本当に「予測できる走り」をしていたか?
本当に「周囲と調和できる性能」を保っていたか?
それこそが、**すべてのライダーが持つべき「走る責任」**だと、自分は信じている。
🛠️ バイクは自由な乗り物だ。
だが、走る性能を放棄してしまえば、その自由は――
他人を脅かす「暴力」へと変わる。

